箸 木曽ひのき スリ漆塗

木曽ひのきのきれいな白木の箸に 漆を塗って汚してしまったのは・・・。

昭和46年頃

当時の納品書

平成19年 掲載

木曽ひのきの白木の箸とスリ漆をして汚した?箸



昭和40年代は木曽漆器は座卓の生産販売が主流になり始める頃で 

まだ産地内では 「漆塗りの箸を作る」 という作業はあってもほんのわずかな部分でしたでしょうか

昭和43年(1968)第1回の漆器祭が開催された年に

『西チキリヤ漆器店』  は産地内で11番目に店舗を開店致しました


土蔵での漆器生産が主ですので

店舗とは名ばかりで品揃えもなく 漆器祭には仕入れた「箸」を主に販売したとのことで

その「箸」だけでもおかげさまに思う以上の売り上げがあったそうです


それから高度成長期やバブル景気など経験する中

土蔵で漆器生産をするかたわら

店舗では多くの漆器製品や時には「座卓だけ」が展示されるようになって行きます


「座卓」が主流になって行く中 店舗開店から2〜3年後

木曽郡南木曽町広瀬地区で

木曽ひのき(刻印入り)できれいな白木の箸や菜箸やしゃもじを作っておられるご夫婦と知り合えることができたようです

いつごろから造り始められたのでしょう


漆塗の職人ですので


木曽ひのきの白木の箸」 に  をスリ込んで濃茶系の色に仕上げたところ(スリ漆)

木地師さんからすれば せっかくきれいに仕上げたものを よごしてしまう ということになるのでしょう 

 好ましく思われなかったようで


 白いきれいなものをなんでよごしてしまうんだ」 と最初はいわれたそうです


職人でもあり営業マンでもありましたので 

土蔵でのスリ漆作業も企業秘密?で店舗販売のほかに

木曽路 妻籠宿 馬籠宿 松本 蓼科 あずみ野 塩尻 などおみやげ店などへ卸売にまわり

時代背景や観光ブームなどもあり徐々に売れ始め

そして 「木曽ひのきのスリ漆の箸」 は時代の流れの中 産地内で多く塗られるようになって行きます


昭和46年8月13日 スリウルシ セット 数量10  単価200円 

平成19年 箸 木曽ひのき スリウルシ  1ゼン 150円




2代目(父)の話を聞き書き記しました

その後 座卓生産主流もバブルが崩壊し また住宅の洋風化などもあり座卓の売り上げも減少してゆく中 

それぞれが次の製品を試行錯誤して作り上る品物の一つに 「漆塗りの箸を作る」 ということが盛んになり

平成10年代頃からは 個性ある様々な 「漆塗りの箸」 が出来上がっています

またここ2〜3年(平成19年現在)では森林資源の伐採による地球温暖化の環境問題としても

「割り箸」 に変り 「マイ箸を持とう」 という動きになっています。


昭和52年に 「西チキリヤ漆器店」 に就職?し

土蔵で漆器造りを習う一つに

漆をなるべく無駄にしないように1本1本を手作業で行う

「木曽ひのきの白木の箸にスリ漆をする」 があり

また 時には薪ストーブの上に「大根の煮物」がグツグツとしていた

ご夫婦いっしょに木粉まみれになって作られていた 「木曽ひのきの白木の箸」 を仕入れに行き 

「木曽ひのき スリ漆 箸」 を古い街並を保存している妻籠宿 馬籠宿や

大型農道が少しずつ整備されていた あずみ野 に卸売に行ったりしました



木曽堆朱塗(ついしゅ)の花台です


初期の木曽堆朱塗の花台   初期の木曽堆朱塗の花台の柄モヨウ


祖父(初代)の頃のもので 木曽の堆朱塗の開発・研究をし試作したものの一つ で

祖父もその仕事に携わっていたため家にあるようです

 上塗り職人として働いていた生家(本家)より祖母と 「大正4年」 分家し 

『西チキリヤ漆器店』 (屋号分け) を名乗り 

土蔵や仕事場で何人かの職人と共に漆器生産をする他 行商もおこない 

また 木曽漆器工業協同組合(現)の設立に関して自宅を仮事務所のように使用していた と母が話していました

(タバコも販売していたようです)


その木曽堆朱塗は時と共に個々の個性あふれる柄モヨウに変化し

座卓・花台・お盆・皿・重箱などなど数多くの品に塗られ

代表的な木曽漆器の塗技法の一つになっています



堆朱の塗柄モヨウは強い個性がありますので

その時代やその(塗る・買う)人の感性や品物の形などにより

 「好む好まれない」 がはっきり分かれる塗でしょうか

また 昭和40・50年代頃の座卓など大量生産の塗は必然性もあった中で品質の低下もありました 

でもそれは教訓として平成年代頃からの塗は より良い塗品を造ろうと変ってきています


色漆を塗り重ねて柄モヨウを研ぎ出す 製造工程により

相応の年数の使用により 「塗の寿命」 がはっきりわかることがあります

そんなところもある程度改良できるのでは と思っています

(道具類である漆器はどんな製品でも寿命はありますが)


 塗技法としては独特の技術や感性や多くの時間や材料など必要とします

早期に大量生産できる塗技法でもないと思いますので しっかり時間をかけて造る

高級であるべき 「塗技法」 で 細く長く大事にしたい 「塗技法」 です


平成2年モデル工房の設置当初より2代目の発案で 

堆朱モヨウの研ぎ出し作業を 漆器つくりの体験 に取り入れています



個人的な想いは 堆朱塗 は 『相応以上に働いた』 と思いますのでしばらく休ませてあげて

その間に改良改善リフレッシュし より良い木曽漆器の塗技法 の一つに

また創り上げていけたら と思ったりもします



木曽堆朱塗工程へ (別ウインドウ)


今あるのは  祖父母 両親

また木曽平沢の木曽漆器という産地を作り上げたきた先人達や

現在漆器産業に従事している人達のおかげにほかならず

その恩恵を充分に受けています



大きな大きな 『宝の山』 です



本ページの内容は 西チキリヤ漆器店 のことです

背景は2代目が植えたひのきの枝についた ひのきの種 の写真です

      
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